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レビュー(Amazon.co.jp)
???イギリスの文豪、トマス・ハーディの最高傑作を、ロマン・ポランスキーが渾身の力で描ききった文芸大作『テス』。貧農の長女・テスは、同じ姓を名乗るにせの親類の屋敷に奉公に出されるのだが、そこの息子の情婦にされた挙句、身ごもって実家に帰ることに。程なくして生まれたその子どもも死んでしまい、テスは再び家を出るのだった…。
???ポランスキーがワンシーンごとに粘りのある演出で、大河ロマン的なうねりをつむぎ出す。えも言われぬほどの美しさをたたえたナスターシャ・キンスキーは、生きるほどに罪深くなっていくテスの流転の様を全身全霊で体現。そのみずみずしい魅力は、テスの運命の戯れをいっそう過酷なものにみせてくれる。
???映像のひとコマひとコマは、まるでフランス・バルビゾン派の絵画のようだ。撮影監督のジェフリー・アンスワースが撮影中に突然死するアクシデントに見舞われるも、ギスラン・クロケがその後を引き継ぎ、見事アカデミー賞の撮影賞に輝いた。(麻生結一)
カスタマーレビュー 
生き抜く事
(2008-01-05)
あまりにも悲しい話だった。これでもかと不幸が襲ってくる。
しかし、テスはプライドを持って、気丈に生きようとするが、それでも荒波に飲み込まれてしまう。
きっとそんな自分が許せなかったのだろう。
でも、仕方なかったんだよ。
生き抜いた、それだけで十分だった。
ナスターシャ・キンスキーの煌めき
(2007-07-19)
ありがちなことでいうと、「あのときああすれば、あのときこうなっていたら、あのときすれちがわなければ」などと人は時に思うことがあるだろう。
テスの生涯を見ていると、そういうありがちなことを想起せざるを得なくて、こんなに悲劇的でいいんだろうか、と原作のトーマス・ハーディを責めたくなる。
やわらかな自然光線に浮かぶ時代の風景と、テスを演じたナスターシャ・キンスキーの珠玉の美しさ可憐さ、そして官能的な彼女の顔を、こうしてじっくり見られる幸福な映画であり、テスを他の女優に置き換えることの不可能ささえ感じるポランスキーのもっとも愛される映画でもある。
この時代としては、軽々しく口外しては異教徒的とそしりを受けるようなテスの神秘的な体験が興味深く、それは「夜、外で横になり星を見ていると、魂が星へ吸い込まれそうになります。わたしは魂を星へ飛ばすのです」というものだ。
その幸福感をテスは物語の最後でも望むが、ストーンヘンジの石の上の空は厚く曇っていた。
彼女はただひとり愛する夫に真顔で言う「生まれ変わっても会えるかしら」。
テスはダーバビル家の先祖の眠る墓の前で、「私もそこで眠りたい」という。
それほどテスの人生は辛く疲労に満ちている。
テスは信心深いのだが、むしろ明らかに真摯なるゆえの異教徒として生きる者の時代の苦難を体現していると言えようか。
物語を辿り終えたぼくらは、テスがどうしてこのような不運な運命に翻弄されたのかを想う。階級の実体なき名誉、貧しさ、・・いや透けて見えるのはやはり、男性社会のエゴイズムに犠牲とされたすがたでもあるだろう。
真摯な人間の水晶のような美しさは、ナスターシャ・キンスキーのテスにより、それは単なる悲劇ではなく、イエスの生涯が単なる悲劇ではないのと同じように、誰の一生にも、たとえどんなに短い一生でも、なんらかの奇蹟があるような思いがするものだ。
原作とは別個の映像芸術
(2007-02-08)
ポランスキーが妻のシャロン・テートを殺され、主演のナターシャ・キンスキーと恋人関係にあった時期の作品。悲しい美しさにあふれる。3時間近い大河ドラマで、落ちぶれ英国貴族の娘の悲しい物語がロマンチックな情景で描かれる。ポランスキーの定番、「風景に語らせる」手法と、キンスキーの場面、場面の美しさで飽きない。最後のストーン・ヘンジなど、全ての情景にそれぞれ象徴するものがあるので、何回も見直して感銘を新たにすることができる。原作「ダービル家のテス」を見事に「映像化」した別個の芸術作品だと思う。
ナスターシャの美しさに乾杯!
(2005-05-05)
この映画を観たのは、中学生のとき。深夜にテレビでやっていました。当時は、画面に映るテスの美しさに息を呑んだのを覚えています。後になってテス役を演じていたのがナスターシャ・キンスキーだと知るのですが、彼女の美しさをいろんな人に観て貰いたい!
映画の内容も大河的なものが好きな方にはお勧めです。当時の農村の風景なんかも、詩情豊かに表現されています。
テスの人生の切なさに涙する。
(2004-09-24)
私がトーマス・ハーディ作『ダーバビル家のテス』翻訳版を初めて読んだのは、中学校2年生だった。テスの人生の切なさに涙して、その後ずっと心に残るストーリーのひとつになった。テスの悲劇は、アルコホーリックの父親が、没落貴族の末裔であることを知ったことから始まる。苦労の末にやっと手に入れた結婚が、若い頃の「強制された不幸」を告白することにより、もろくも壊れ去ってしまうストーリーは、この映画でも同じ。原作ストーリーを知っていると、映画ではどのように表現しているかなという期待を持って、観ることができる。
映画もなかなかよく構成されているが、惜しむらくは、テスの初めの旦那がいい人に描かれすぎ。何も知らない娘をだましたことは許せないとしても、心優しくて、一緒に暮してくれ、実家の親兄弟を大切にしてくれる旦那を頼るという女性があっても、おかしくないと思えるほど、いい人に描かれている。それに対して、結婚した相手エンジェルが情けなさすぎ。農業開発に情熱を示すところは、好感が持てるのだけれど、所詮は恵まれた家に生まれたオックスフォード出のインテリにすぎないのか。私ならあの「うじうじさ」はこちらから願い下げ。邪悪な旦那、清廉潔白な結婚相手という原作のイメージが、ちと崩れてしまった。


