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レビュー(Amazon.co.jp)
???時は平安時代、土砂降りの羅生門の下で、杣売り(志村喬)と旅法師、そして下人が、3日前に起きた不思議な話を語り始めて行く。検非違使(森雅之)が殺され、盗賊の多襄丸(三船敏郎)が逮捕されるが、彼と検非違使の妻・真砂(京マチ子)、さらにはイタコを使って冥界から呼び寄せた検非違使の霊と、それぞれ証言が異なっているのだ…。
???日本映画で初めてヴェネツィア国際映画祭金獅子賞およびアカデミー賞外国語映画賞を受賞し、一躍世界に黒澤明監督の名前をとどろかせた大傑作。人間のエゴ剥き出しの業の醜さと、そんな絶望の中からの再生といったテーマが、初めて太陽に直接キャメラを向けた画期的撮影や、ボレロ形式を主体とした斬新な音楽など見事なスタッフワークによって、躍動感みなぎる映像の美学として結実。キャストの名演も忘れてはならないところだ。原作は芥川龍之介の『薮の中』でその後も『暴行』『アイアン・メイズ』『薮の中』と繰り返しリメイクされ続けている。(的田也寸志)
カスタマーレビュー 
最後のシーンで救われる
(2008-04-08)
芥川龍之介の「羅生門」と「藪の中」を合わせて、そこに黒澤監督の脚本で最後に救われる物語となった。両原作とも人間の根源を見せつけられるような作品であり、自分の心が試されるのだが、黒澤監督は芥川の原作に打ち勝っている。この脚本だからこそ、人間はそんなに悪ではない、というメッセージがあるからこそ、本作品が名作とされるのであろう。
映画の手法などで語られることが多い作品であるが、物語の充実が一番優れているのである。
人の心とは、常に藪の中。
(2008-03-02)
実は黒澤作品の中で一番好きなのです。七人の侍、隠し砦の三悪人も好きですが、。活劇や後期はヒューマンドラマ系が多かった黒澤監督の中で、少ない芸術家的作品だと思います。ご存知のように、芥川龍之介の藪の中という小説の映画化です。平安時代の山中で起きた貴族の殺人事件を発端に、京マチ子演じる殺された貴族の妻、三船敏郎演じる山賊、それを視ていた農民、そして、殺された夫の言い分、ひとつの事実があるはずなのに、四者四様の見方があり、その真相は藪の中という物語です。人間の業というのがテーマでしょうか、。雨の中の羅生門のシーンですが、腰まで浸かる泥にして迫力を出したり、雨を写すために墨汁を少し混ぜた雨を降らせたり、山林での木漏れ日の美しさといい、黒澤監督が天地を支配し、映像表現をし始めた傑作です。この映画がアランンレネに影響を与え、映画、去年マリエンバートで、を生んだのは有名な話ですが、ご存知でしたか、。両方とも20世紀を代表する傑作だと思います。個人的には1年に1回は見れています。笑。
最高の面白さ 日本映画の金字塔
(2007-12-08)
黒澤映画の中でも3位内に入る映画です 話の展開が面白すぎてどんどん引き込まれていき
気がつくと夢中になってる自分が居ました 何よりその卓越した音楽センス、ストーリー
ともにすべてが素晴らしい まったく古臭さを感じずすごく楽しめた映画でした
ラッショ・モーン 鮮烈の響き
(2007-09-01)
『ジャポンにも こんな映画が あったのだ トシロー・ミフネ アキラ・クロサワ』
現実というものはあまりにも醜く、ゆえに一層現実的である
(2007-06-07)
私がこの映画を初めてみたのは中学生だったかと記憶している。同じ黒澤作品でも「七人の侍」などには愕然とするほどの衝撃を受けたが、「羅生門」の方はこれが黒澤の出世作だとは聞いていたものの、当時は物足りなさを感じた。
ところが、最近、自分が年を取ってきて改めてこの映画を見たところ、当時とはまるで別の作品であるかのように見違えるほどに素晴らしかった。
で、改めてみたこの映画だが、私としては、実は、見る前に、「待てよ、よく考えてみればあの場面どう表現していたのか?」と気になった場面が二つあった。
ひとつは、風で三船敏郎演ずる賊が目覚めるシーン。
「一行が通ったときに、路傍で居眠りをしていた賊が、たまたま、吹いてきた「風」で目覚める」というのは覚えていたが、黒澤監督はこの「風」という目に見えない物を、一体、どうやって表現したのかと。
三船の顔にかかった「木の葉の影」が揺れると言うことでそれを表現したという、これはまさに見事というほかなかったであろう。
もっとも、実際にはなかなかそういう映像にならなかったそうで、それはそれで大変だったようだが。
もう一つが、「賊」と「女」と「夫」・・・、三者がそれぞれに自分に都合の良い供述を繰り広げるが、ここで、「賊」と「女」はともかく、賊によって殺された「夫」の供述は、どうやって表現したのか?と。死人に口なし・・・だからである。
その答えは、「死人の供述を取り上げるのに霊能力者を使う」という奇想天外なもので、この発想にも舌を巻いた。
普通であれば、ここは夫も死なずに証言出来る程度の重傷くらいで止めるか、もしくは証言自体を削り、証言出来ない無念を表現するかで処理したのではないか。もっとも、こちらは原作の芥川龍之介という人物の並々ならぬ手腕であろうが。


